物心ついた時からダンスとともに歩んできた神尾藍里さん。競技エアロビックで世界大会優勝、さらには国体優勝という輝かしい実績を持ちながら、現在は行政書士として活動している。
ダンススクール経営者やインストラクターを中心に、契約書作成や事務サポートを提供する彼女が、なぜこの道を選んだのか。そこには、裁判という苦い経験と、ダンス業界が抱える構造的な課題への問題意識がありました。
◾️母親のエアロビクス教室から始まった競技人生
――ダンスとの出会いから教えていただけますか。
神尾さん:元々機械体操をやっていた母親が、エアロビクスのインストラクターとしてサークルを立ち上げたんですよね。その後に私が生まれたので、物心つく前からその遊びとして踊ることをしていました。
競技エアロビックとしては4歳から、母親のところで習い始めました。当時は現在とかなり形を変えたものだったんですけど、もう小さい頃からバンバン大会に連れられて出ていました。

――世界大会で優勝されたのは何歳の時だったんですか。
神尾さん:小学校2年生から世界大会に出場し続けて、高校1年生の15歳でやっと初めて優勝できましたね。

――当時はどのような生活をされていたんですか。
神尾さん:クラブとしての練習が週4回あって、それ以外は自主練という感じで、学校から帰ってきて少し休んで練習に行くというのを、大体1週間ずっと続けていました。
◾️裁判を経て、法律の世界へ
――高校3年生で競技エアロビックから一度引退されて、心理学科のある大学へ進学されたとのことですが、心理学を選ばれたのはなぜですか。
神尾さん:競技エアロビックをやっている中で、ダイエットや食生活にものすごく苦労したんです。どんどん太っていって、でもどうやったらいいのか正解も情報もなく、ただ食事を減らしたり、ひどい時は吐き出したり、そういった良くない行動があったので。これはどういうことが原因なんだろうって探るためにも、大学4年間でそういったテーマを調べることにしました。
――行政書士を目指すきっかけは何だったんですか。
神尾さん:実は、ダンスとは直接関係なくて、私、今シングルマザーなんですよね。そのシングルマザーになる過程で裁判を経験しまして。その際に弁護士さんに打ち合わせのために自分で原告としての主張をまとめた文章を持参していったんです。そうしたら弁護士さんに「とても見やすくて上手ですね。こういうお仕事されていたのですか」と声をかけていただいて。それがきっかけで、文章を通して人の役に立てる仕事があるのかもしれないと意識するようになりました。
◾️育児と勉強の両立、2年越しの合格
――行政書士を目指すにあたって、どのように勉強を進められたんですか。
神尾さん:実家に帰って、両親にとてもお世話になりました。家族のサポートなしには多分できなかったと思います。平日は2時間から3時間、休日は時間が取れれば8時間という感じで、本当に受験生みたいな生活をしていました。
ただ、1年目は独学で問題集を買ってやったんですけど、それで落ちてしまって。2年目はこれじゃダメだと思って、通信の講座を申し込んで、届いた教材を徹底的にやり込んで合格しました。トータルで2年ですね。
――開業前からダンス関係者向けの行政書士として立ち上げようと決めていたんですか。
神尾さん:はい。役に立ちたいと感じたターゲットがダンス関係者の方々だったので、その方々のために法律を通して何かサポートできることはないだろうかと調べて、行政書士にたどり着いたという順番です。

――実際に業務をされる中で、ダンス業界の課題をどう感じていますか。
神尾さん:一つはやっぱり税務関係の知識が共有されていないということ。あとは請求書や領収書といった事務書類のやり取りの仕方がまずないんです。レッスンをお願いねという際に契約書を交わす習慣もない。そういった点ですね。
――どのような相談が多いですか。
神尾さん:保護者トラブルが圧倒的に多いですね。そこで会員規約を作りましょうかという流れになります。
◾️ダンスと法律、異なる世界の架け橋に
――行政書士の仕事は、ダンスの世界とはかなり違いますよね。
神尾さん:ダンスの世界は感性とか感覚的な部分がとても重要だと思うんですけど、行政書士は真逆なことが多くて。現実にどうなっているか、期限や決まりというのを厳密に調べて守っていく必要がある。フィーリングやニュアンスで進められる業務というのが基本的にはないので、とにかく頑張らなきゃと肩に力が入って、そこが大変でしたね。
――一方で、ダンスをやっていたことが生きている部分もありますか。
神尾さん:一番はやっぱり人前での立ち振る舞いや姿勢、堂々といることができるという点だと思います。行政書士としてセミナーで話したり、役所に手続きに出向いたりする場面一つとっても、まずは形から、姿勢から整えることで自然と自信も出てくるし、依頼者様にも不安を与えないという点で役に立っていると思います。

◾️2024年「佐賀国体」で再び頂点へ
――開業3年目となる2024年には、佐賀国体で優勝されたそうですね。
神尾さん:初めて国体の種目として競技エアロビックができることになって、出てみないかとお誘いを受けました。出産してからもダンスはちょくちょく続けていたんですけど、競技エアロビックは全然やっていなかったので。1年ぐらいリハビリと稽古を兼ねて練習を重ねて、優勝できました。他のメンバーのおかげではありますけども。

――2029年に群馬で国体が開催されるそうですが、これからも競技エアロビックは続けられますか?
神尾さん:はい。その時に必要とされれば出させてくださいという風になると思います。ダンスに関しては日常的に趣味で続けていきたいですし、子どものダンス大会の審査員などもお願いされることがあるので、そういう方向でも必要とされれば携わっていきたいと思っています。
◾️ダンサーが適正な報酬を得られる環境を目指して
――今後のビジョンを教えてください。
神尾さん:今サポートさせていただいているダンススクールの経営者様やインストラクターさんの方々に対して、契約書や会員契約の面での支援をさらに極めたいと思っています。そして最終的には、ダンサーさんやインストラクターさん、ダンスに関わる皆さんが適正な報酬を得ながら仕事を続けられる環境を整えるお手伝いができたらいいなと思っています。
——最後に、キャリアに悩んでいるダンサーや親御さんにメッセージをお願いします。
神尾さん:インストラクターさんやダンススクールの経営者の皆さんは、本当にクリエイティブで素晴らしい才能を持った方々ばかりだと思っています。でも現実にはバイトを掛け持ちしなければ生活できなかったり、どれだけ作品を作っても金銭的なリターンがなかったりという声が多く上がっています。その背景にはやりがい搾取や不明確な契約関係が蔓延していて、これは業界全体の課題だと感じています。
たとえ将来ダンスの道から離れることになっても、これまでダンスで培ってきた経験は決して無駄にはなりません。私自身も行政書士という一見関係のない仕事についていますが、集中力や度胸、人との関わりからダンスを通して学んだ経験は確実に生きています。皆さんが積み重ねてきた時間は決して無駄にはならない。これは断言できます。今悩んでいる方も自分の努力に誇りを持っていただきたいですし、いつでも皆さんの活動が気持ちよくできるように応援したいと思います。
【神尾 藍里(かみお あいり)】
かみお行政書士事務所 代表。行政書士・著作権相談員。明治学院大学心理学部卒。ダンススクールやフィットネス事業者の契約書・規約整備を得意とし、業界特有の課題に寄り添う法務サポートを提供している。

