<後編>「バレエがあったからこそ今がある」元バレリーナ志望の弁護士が伝えるメッセージ【ダンサーインタビュー9:東海千尋さん】

6歳からクラシックバレエを始め、高校卒業まで本気でバレリーナを目指していた東海千尋さん。しかし「バレリーナ」として生計を立てることの厳しさを知り、弁護士という全く異なる道を歩むことになります。

そして今、弁護士としての専門性を活かして日本舞台芸術振興会(NBS)で舞台芸術の発展に携わる東海さん。バレエを愛する気持ちと現実的な選択、そして再び訪れた「バレエ」への回帰。その人生の軌跡には、ダンスを学ぶ人々や、キャリア選択に悩む若者に向けた多くのメッセージが込められています。

◾️思い切って送ったメールからNBSの顧問弁護士に

―― バレエの世界に戻ってきたきっかけは何だったのでしょう?

東海さん:2017年に夫の転勤でアメリカに行くことになり、リクルートを退職しました。ちょうど仕事のレベルが上がってきたタイミングだったので、最初はアメリカ行きに後ろ向きだったのですが、「アメリカに行くという経験は早々できるものではないし、嫌なら帰ってくればいい」と言い聞かせて、渡米しました。結果、行って本当によかったと思っています。

アメリカでの3年間は「人生の夏休み」のような時間でした。はじめは語学学校やカレッジに通っていたのですが、半年ほど経つと「このままでいいのか」と考え始め、それからは「日本に帰る時にどうするのだろう」と自問自答する中で人生を見つめ直す期間になりました。

リクルートで仕事がうまくいっていた2014年から2017年は、バレエを見る時間もなく、見たいともあまり思わなかった時期でした。しかし時間ができて改めて自分の使命やキャリアを考えたとき、「そうだ、私はバレエをサポートしたいと思っていたんだ」と思い出したんです。それで思い切っていくつかのバレエ団体にメールを送り、「私はこういう者ですが、何か手伝えることはありますか?」と問い合わせたのがバレエやダンスの仕事をするようになったきっかけです。

―― それが今の活動につながったのですね。

東海さん:はい。タイミングよく、ある団体では契約書のチェックなど法務を強化したいとの需要があり顧問弁護士として活動するようになりました。また、Dance Base Yokohamaの唐津さんとも出会い、少しずつダンスの世界とのつながりも広がっていきました。

2020年に日本に帰国後、弁護士としてのキャリアも再開したかったので一旦はスタートアップ企業で働いていましたが、2022年に大きな病気になりこれがまた人生の転機となりました。「人間は死ぬんだな」「時間は有限なんだ」ということが身に染みてわかり、「いつ死ぬかわからないのだから、やりたいことをやらなければ」と思い、もっとバレエ・ダンスに軸足を移すことを決意しました。その後、いろいろな縁や機会があり、今はバレエ・ダンスの世界により深く関わるようになっています。

◾️「集中力、本番の強さ、人脈」バレエ経験者の強み

―― バレエの経験は弁護士としてどう生かされましたか?

東海さん:大きく3つあります。まず「体力と集中力」ですね。

バレエに限らず、スポーツなど身体を使う活動を一定期間頑張ってきた人に与えられるボーナスだと思います。集中するのは体力が必要で、司法試験受験時代1日10時間勉強できたのは、バレエで体力と集中力が鍛えられていたからです。

2つ目は「本番に強い」ということ。

司法試験は当時5日間の試験で、肉体的にも精神的にも相当タフでないと乗り切れない試験です。本番で自分の本来の力を出し切れない人たちもいましたが、私の場合はバレエでコンクールや発表会に向けて準備し、本番をピークにして力を出し切るという訓練を何度もしていたので、しっかり実力が出せました。

3つ目は「コミュニケーションのきっかけ」になることです。

バレエや芸術は、経営者など仕事をしている人たちにとっても共通言語になる領域の一つです。また、「バレエから弁護士」という一見180度違う道に進むキャリアは珍しいので、それだけで話のきっかけにしていただき、機会にも恵まれたと思っています。

◾️「日本人にしかできないバレエがある」10年後のビジョン

―― 10年後、どうなっていると思いますか?

東海さん:今、日本人ダンサーは能力が高くて、世界中の国で活躍しています。一方で、優秀なダンサーが次々と生まれる環境であるにもかかわらず、まだまだ日本の社会では敷居が高いと感じられていたり、バレエを観に行ったことがない、という方も多くいらっしゃるのが現状です。今後は、これまで100年ほど培ってきた日本のバレエが、もっと広く社会に根付いていくような活動に貢献できたら、と思っています。

バレエやダンスは西洋で生まれたものですが、日本の地で培われたからこそ演じられる世界や感動があり、また言葉がないからこそ世代問わず国を問わず伝えられるメッセージも沢山あります。そういった思いが詰まったバレエやダンスを社会へ、そして世界へ伝えたいと心から思っていますし、このような活動を通じて経済的な課題が解決することで、結果としてバレエを踊ることだけで生きていける職業ダンサーたちを育てていけるといいなと思っています。

◾️「今やっていることは絶対に間違っていません」

―― 最後に、キャリアを悩んでいるダンサーさんや、その親御さん、先生方にメッセージをお願いします。

東海さん:私自身がバレエをやってきて、バレエがあったからこそ今があると間違いなく言えるので、今やっていることは絶対に間違っていないし、必ず未来につながっていくと信じて進んでいってほしいです。

ただ、ダンサーの方々とお話していると、「バレエがすべて」という状態になっていて、「バレエを辞めたら自分がなくなる」と感じている方が多いとも感じます。私自身も昔はそうでした。でも、実は他の道に行っても、バレエを本気でやってきた人には馬力があるので必ずどこの世界でも実力を発揮できますし、結果として自分に向いているものが見つかって、別の道で輝く人生が待っていたということもあるのです。

違う道に行くということに対しても強く自信を持ってほしいですし、今やっていることが決して無駄にはならないので、不安に思わずに自分を信じて進んでいってもらいたいと思います。

また、そういうとき、親御さんや先生の存在はとても重要です。お子さんがバレエやダンスを頑張っているときに水を差すようなことは言いにくいと思いますが、「違う道も考えてみたら」と言ってあげることが本人の新しい世界や未来を切り開く第一歩になることもあります。

そうすることで、バレエやダンスの業界が内側からだけでなく、バレエから外の世界に出た人が活躍することでバレエ・ダンス界を盛り上げるような世界を一緒に作っていけたらいいなと思っています。

【東海千尋(とうかいちひろ)】
弁護士。6歳からクラシックバレエを始め、高校卒業まで本格的にダンサーを目指す。大学で法学部に進学し、法科大学院を経て2010年に弁護士資格を取得。法律事務所、株式会社リクルート勤務を経て、2017年から3年間アメリカに在住。現在は公益財団法人日本舞台芸術振興会で理事長補佐・顧問弁護士として活動し、Dance Base Yokohamaのリーガルアドバイザーやバレエ「えんとつ町のプペル」のプロデューサーに加え、一般社団法人ダンサーズ・キャリア・サポートのリーガルアドバイザーも務める。法律の専門性を活かして舞台芸術の発展に幅広く携わっている。

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