税理士×プロ競技ダンサーが語る諦めないキャリア「すべて欲張っていい」【ダンサーインタビュー7:池田奈智さん】

税理士でありながら、プロの競技ダンサーとしても活躍する池田奈智さん。一見すると全く接点のない二つの専門職を両立させる彼女のキャリアは、どのようにして築かれたのでしょうか。

学生時代に夢中になったダンスと、就職氷河期という時代の波の中で見出した税理士という道についてお話を聞きました。

◾️きっかけは映画『Shall we ダンス?』

ーー本日はよろしくお願いします。池田さんは税理士とプロの競技ダンサーという、ユニークなキャリアをお持ちですが、まずはダンスとの出会いについて教えていただけますか?

池田:はい。大学生の時に、学生競技ダンスのサークルに入ったのがきっかけです。

左から2人目:池田奈智さん。
黒×ピンクのセパレートのドレス(自作)
真ん中:池田奈智さん。
着用の練習用のピンクのスカート(自作)

ーー何かダンスに興味を持つ出来事があったのですか?

池田:大学受験が終わった後、たまたま家族でテレビを見ていたんです。映画の『Shall we ダンス?』が地上波で初公開された時で、それを見ていた母が「これ面白そうだから大学に入ったらやればいいじゃない」って。それで実際、大学に入ったらサークルがあったので、見学に行ってみました。そうしたら、セクシーなお姉さんが可愛いお尻をプリプリしながら踊っていて、『これはかっこいい!』と思って(笑)。それがきっかけですね。

ーーそこから一気にのめり込んでいったのですね。

池田:そうですね。社交ダンスはベーシックステップなどのメソッドがしっかりしているので、一つひとつ課題をマスターしていくのが楽しかったですし、競技会で勝つのも面白いなと。また、私がいた筑波大学のサークルは、先輩が決めた相手とペアを組むというルールがあったんですが、私の代は女子が男子の倍くらいいまして……。うまくならないと希望の相手と組めないので、必死に頑張ったというのもありますね。

◾️ダンスに夢中だった就職氷河期時代の苦悩

ーー池田さんは就職氷河期世代と伺いました。大学時代、就職活動はどのように進められたのでしょうか。

池田:皆さんと同じように大学3年生くらいから始めて、一般企業をいくつか受けました。でも、当時はもうダンスにすごくハマってしまっていて、ダンスのことばかり考えている状態だったので…。面接で「何を志しますか」と聞かれても、「ダンスをするためのお金を稼ぎたい」とは言えませんし(笑)。一次面接は通っても、二次、三次と掘り下げていくと、どうしても先に進めないという状況でした。

ーー最終的に一般企業への就職はされなかったのですね。

池田:はい。いくつかダンスの衣装を作る会社から内定はいただいたのですが、元々が徒弟制度の世界のため、入社時の条件があまり良くなく……。両親からひどく反対されて、色々話し合った結果、「手に職をつける」ということで税理士の資格を取ることになりました。父が公認会計士だったこともあり、1科目ずつ勉強して資格を取れる税理士のほうが向いているんじゃないかと勧められたのがきっかけです。

ーーご両親の説得があったのですね。

池田:実は、卒業式の日に、大学に来ていた両親にアパートで2日間くらい缶詰状態で説教されまして…(笑)。かなり強く説得されて、最終的には折れた形です。それで、卒業してから勉強を始めることになりました。

◾️資格勉強中の後悔「週1でも練習を続けていれば……」

ーーダンスに夢中だった状態から、税理士の勉強へ切り替えるのは大変だったのではないでしょうか。

池田:そうですね。最初のうちはどうしても勉強に身が入らなくて。私、やはり頭が“ダンス脳”だったので、税法などの理論が全然覚えられなかったんです。

ーーどのように克服されたのですか?

池田:私は漫画を読むのが好きで、絵で覚えるのが得意だったんです。なので、税法の理論を覚える時に、自分で漫画を描いて、そこに単語を当てはめていきました。その絵を見たら理論が思い出せる、というような状態にして勉強しましたね。

ーーご自身で漫画を描いて! それはユニークな勉強法ですね。

池田:時間はかかりますが、逆に一度覚えるとなかなか抜けないので、理論の点数はかなり良かったです。後になってプロになってからダンス教師の免許を取った時も、同じように漫画を描いてダンス用語を覚えました。

ーー資格の勉強をされている間は、ダンスから離れていたのですか?

池田:ほぼ4年くらいはやっていないですね。最初のほうは試験勉強に身が入らず、かといってすべてサボって踊るのも気が咎めて、結果として何も成していない時期が存在しました。その時にもし週に1回でも踊ることをやめずに続けていたら、もう少しマシな踊りができたんじゃないかなって。今から思うと、勉強と並行してダンスをする時間はたくさんあったなと後悔しています。

◾️仕事とプロ競技ダンサー、二足のわらじを履く日々

ーー資格取得後は、すぐに税理士のお仕事とダンスを両立されていたのですか?

池田:いえ、資格を取って最初は田舎の父の事務所で働いていたのですが、経験を積むために改めて都内の税理士法人に就職し直したところ、最初の1年間は残業がすごく多くて毎日終電帰りのような状態だったので、全くダンスができませんでした。

でも1年経って仕事に慣れてくると、夜9時くらいには仕事が終わるようになったんです。それでダンスを再開しようと思ったのですが、練習場が仕事終わりだと閉まってしまうので、練習場所がなくて……。

ーーそこからどのようにしてプロの道へ?

池田:その時たまたま知り合ったプロの方から、「プロのダンサーなら、教室が閉まった後に終電まで練習できるよ」と教えてもらって。それに飛びついて、プロ選手のパートナーとしてダンスをしながら税理士として働く、という生活が始まりました。

土日しか練習できませんという状態だと、アマチュアでは相手もいなかったんです。今ほど労務やコンプライアンスにうるさくない時代だったので、就職氷河期を乗り越えて就職した同世代の人たちは、ちょうど仕事が忙しいとか子供が生まれて、というタイミングだったので、同年代のアマチュアの男性もすごく少なくて……。

逆に言うとプロは、女性はダンスだけで食べていけないから、すごく20代の女子が少ないっていう状態だったんですよ。会社員で、プロの先生と組んで社交ダンスの大会に出るっていう人が多くて、声がかかった時も「そういう人いっぱいいるから気にせずにやればいいよ」と言われたので、睡眠時間を削りながらもなんとか両立させる日々でした(笑)。

ーーかなりハードな生活ですよね。

池田:平日は仕事が終わってから終電まで練習して、家に帰って寝て、また朝8時に起きて仕事へ、という生活でした。もちろん決算前などで忙しい時は練習をお休みすることもありましたけど、その生活を4年ほど続けていました。

◾️ダンスで築いた人脈が、今の仕事に繋がっている

ーー現在、池田さんは独立されていますが、ダンスの経験が今の税理士のお仕事に活かされていると感じることはありますか?

池田:それはもう、すべて人脈ですね。ダンスインストラクターになった先輩や後輩、知り合いに営業をして、開業当初からお客様を紹介していただくことができました。また、サークルの先輩がダンス団体の選手会長をされていて、私を推薦してくださったので、団体の経理や税務も担当させていただいています。おかげさまで、ダンス業界での人脈を広げて食べていくことに繋がったので、とてもありがたいなと思っています。

ーー今後のビジョンについてはいかがでしょうか。10年後はどうなっていたいですか?

池田:そうですね……10年後に関しては、今も出場している競技ダンスからは引退しているんじゃないかなと思っています。ただ、ダンスと今の仕事、両方を並行して続けていきたいという思いは変わりません。引退すると練習量も減ってしまうので、パーティーなどでお客様に踊りをお見せする時に情けない姿は見せたくないな、という気持ちもあります。競技については、ボールルームダンスだけは続けているかもしれませんね。

◾️キャリアに悩む人へ「すべて欲張っていい」

ーー最後に、キャリアに悩んでいるダンサーの方や、その親御さん、先生方へメッセージをお願いします。

池田:ダンスだけのお仕事でやっていくのが不安だという話は、社交ダンスの業界でもよく聞きます。実際に、コロナ禍をきっかけに他の仕事と兼業でうまくやっている人もたくさんいます。時間的には大変になりますが、決して両立が不可能というわけではありません。

ーーどちらかを選ぶのではなく、両方という選択肢もある、と。

池田:はい。もちろん、ダンス一本で極めていくというのもとても大事なことです。でも、それ以外のことも、集中して取り組めば必ず収入に繋がります。どちらも諦めないで、すべて欲張ってどんどん進めていって欲しいと思います。

池田 奈智(いけだ・なち)
税理士・プロ競技ダンサー。筑波大学人文学類卒業。在学中に競技ダンスの魅力に惹かれ、本格的に活動を開始。大学卒業後、就職氷河期を経験する中で税理士の道を志し、資格を取得。都内の企業再編に特化した税理士法人での勤務を経て独立開業。現在は税理士として活躍する傍ら、プロの競技ダンサーとして国内外の大会に出場。自身の経験から、ダンスで培った人脈を仕事に活かし、二つの専門分野で活躍の場を広げている

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